午前5時に水辺で飲む缶コーヒーのおいしさを君は知っているか

こちら、 釣り Advent Calendar 2016 18日目の記事です。現役ではないけれども「釣りと私」をテーマに一筆。

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1. 豪華な魚のエサ

小学校低学年の夏休みは、祖父と父と兄と私の4人で池や沼に釣りに車で出かけていた。

片手で数えられるほどの年齢のいたいけな女児が釣りというアウトドアアドベンチャーに同席するにあたって最大の難関は生きエサ、もといウネウネした生き物である。例えばユムシユムシを知らないからといってGoogle検索をするのは止めておくのがよろしい。You should 無視、ユーシュッドムシ、略してユムシ。これがユムシの名前の由来である。嘘である。

幸運なことに、祖父や父のするヘラブナ釣りはジャガイモに魚が好みそうななんらかの成分を混ぜこんだ練りエサを使うし、兄のするブラックバス釣りはルアーを使うしで、私はウネウネクネクネモニモニキモチワルイ生きエサというものに対峙する必要はなかったのだった。

練りエサの存在を知っているせいでマッシュポテトをつくっているとヘラブナの生臭さを思い出すし、ポテトサラダに対する評価も「豪華な魚のエサ」なのだけど、他者に嫌われそうなので人前で言ったことはない。

2. 世界の終わり

石川県のK潟という干潟に連れていかれる日はなぜか決まって曇天で、昼間でも薄暗くて、土地の性質なのか常に湿った砂利道は踏みしめるとにちゃにちゃと音がする。釣り人もパッと見では全然いなくてファンタジーで見る世界の終わりの風景みたいだった。

近くにあった、土ぼこりが店中に舞うそこそこ広い釣具屋。これもまた世界が終わりかけてる最中に荒涼とした土地で細々と商売をしてる感があって、どえらい場所だな、と幼いながらに戦々恐々。

もしかして富山県民の私が抱く石川県に対する「石川県なんてなぁ!」という“コンプレック
to都会・金沢from富山県民”はこれが原体験なのだろうか?
新幹線駅・金沢とかって調子乗ってるけど発展してるのは金沢駅前だけでちょっと外に出たら全然田舎だしそもそも駅周りだって大したもんないでしょうよ的なあれは、そういう?

3. 白くてでかい鳥

一番よく行っていた、富山県のY池のコンクリートで整備された足場は魚巣ブロックといって魚が棲めるように空洞が開けられていて、そこに練りエサをつけた糸を垂らすとブルーギルがぽんぽこ釣れる。本当に垂らせば百発百中で釣れるのでぽんぽこって感じなのだ。

ブラックバスしかりブルーギルしかり名前ほどブラックでもブルーでもなくてグリーンじゃん、と思いながら、釣ったブルーギルは自分の背部に投げる。日の下にブルーギルを晒しておくとサギだかなんだかの白くてでかい鳥が食べに来るのだ。

白くてでかい鳥は神々しい。
反してブラックバスブルーギルも害魚。食害の罪は重いらしくキャッチした彼らは三途の川にリリースするよう推奨されている。

ブルーギルを釣っては白くてでかい鳥に献上する私はさしずめブルーギル専門ジャック・ザ・リッパー。ようよう、おまえら可愛い顔してるけど鳥に喰わせちゃうぜ。ぽんぽこ、ぽんぽこ。

4. エメラルドマウンテン

夏休みの平日、父が仕事の日は、兄は家から一時間半かけて自転車でY池に通っていた。私も同じく自転車で一時間かけて国道8号線を上り下り県立図書館に通っていた。

遠いとは思わなかった。あの頃、自転車に乗りさえすればどこにでも行けると思っていた。
今だってどこにでも行けるけど、日焼けや人目、交通手段による効率の悪さを無視して自転車に乗るには、それらを気にしないように気をつけなければいけない。知らず知らずのうちに、努力が必要な部類の行動になってしまった。私は大人になった覚えはないけど、あの頃と同じように子供で居続けているわけでもない。

二人並んで竿を並べていたはずの祖父と父の間に昔から確執があることを母から教えられたのは私が十代になってからで、そういうことは自我が芽生えた時点で先に教えておくか、もしくは一生教えないかで徹底してくれよと戸惑った。

教えるなら教えるで思春期の多感な時期にやめろっつうの、と祖父・父・母の全員が他人みたいに見えもしたけれど、釣りという共通の趣味が祖父と父の間をぎりぎり橋渡していて、兄と私が無邪気にそれを眺めていられた時間の存在は、けして悪いことではなかったよな、と今では思う。

午前5時、池の向こう岸に茂る木々のシルエットと、薄曇りの空にぼんやりと光り始める朝日。霧で白く煙った水面に魚の影を待ちながら飲む缶コーヒーのおいしさは何物にも代えがたい。

今もコーヒーを飲む時に植物や土の気配を感じる瞬間があるのはきっとそのせいで、スタバのキャラメルマキアートも喫茶店のサイフォンで淹れたホットコーヒーも大好きだけど、あの頃のジョージアエメラルドマウンテンの味がずっと私の中では特別なのだ。

5. 兄とダンボール箱

さて、当時の兄と私で揃って愛読していたのが、コロコロコミックで連載されていた釣り漫画『スーパーフィッシング グランダー武蔵』。

この漫画の影響力といったら絶大で、ルアーを狙い通りの場所に仕掛ける練習として床に小箱を置きその中に落とす……という釣り業界でいう“素振り”の方法を兄に教え、家の廊下に点々と謎の段ボール箱を置かせ、私たち家族がリビングからトイレに向かうのを阻害させたり、魚を水に上げる瞬間に「フィーッシュ!」と叫ぶ習慣を兄に植え付けてくれたりした。

かくいう私も魚を釣った瞬間は口に出さずとも心の中で「フィーッシュ!」と呟いていたし、成長し今は叫ばなくなった兄もきっと同じように外には聞こえない「フィーッシュ!」を唱え続けているのだと思う。多分。いつまでも子供っぽいところあるからな、あいつ。