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ペンで書かれたものは斧では切り取れないよ

結婚して旦那と暮らすようになってからというもの、今日も『みんな!エスパーだよ!』と『ギヴァー 記憶を注ぐ者』をインターバル10分で二本立てするくらいには映画を劇場で見ることが生活に溶け込こんでいる。今ギヴァーをギャザーでググッてしまっててハ?どうした検索結果?となって恥ずかしかったな〜まぁそれはよくて、問題は、本を読むにしても映画を見るにしてもそれが終わった後にはせっかく感想が心に残るのに私はそれを明文化するのがめちゃくちゃ怖いということなのだ。

そもそも感想文とは「これこれこう思いました」を羅列するもので、一個人がどう思うか、そして何を書き残すかの自由は保障されているはずなのに、年を重ねるたびに出会ってきた/知った、⚪︎⚪︎についての知識を脳の記憶容量の限界まで詰め込んだけど衣食住はできるようにしてありますみたいな人間、すなわち"歩く⚪︎⚪︎辞典"の存在が私に私自身の浅学さを常に意識させるせいで、その⚪︎⚪︎に感想を抱くことすらビビってしまう感じ。「どう思った?」という問いにああ私は傍観者なので、と手で制してその場から走って逃げたい感じ。そう、私は筆禍が怖い。何も知らずに無邪気にインターネットに文章をアップロードできていたあの頃(中学生までだな)が懐かしい。

特に映画に関しては身近も身近に旦那というファッキン映画ラバーがいるせいで迂闊に下手なことが言えない書けない発せないと勝手に思っていて、今日見た二作についても、『みんな!エスパーだよ!』の突飛な展開に不満げだった旦那に「漫画とか小説を原作に作った映画はそもそも期待しちゃダメじゃない?」と言ったら「いやおもしろいやつはおもしろいでしょ」と真顔で返されてヒエーッとなったし、『ギャザー』、じゃないっつーの私はバカかよ『ゲイザー』違うこれも違う記事の頭に戻ってコピペしてきました『ギヴァー 記憶を注ぐ者』ですね、これに「Googleが年末にその年のニュースを動画にしてまとめてくれるじゃんね、あれを見てワーこんなこともあったよなーって楽しめる人が好きそうだよね」と述べたら「なんだその雑な感想は」とこれまた真顔で返されてヒエーッとなった。なりました。旦那の言い方も悪い気がしてきた。でも旦那の書く映画感想エントリはひどく洗練されていて、ここが良かった/ここがダメだったが尊大さ無く書かれていて、うう私もこういうの書けるようになりたいニャン……って思ってしまうのだ。別にのろけではないですね。

前回のエントリも不完全燃焼で悔しいよなんだあのポエムは!もっと厳然たる批評を書きたいよ!