「俺が死んだら、ここを食べてもいいよ」――映画『野火』を観た

小説や漫画を読んでいる途中に「早く終わってくれ」と残りページ数を確認した経験は誰でも一度はあるはず。大抵、それは目の前の作品が冗長なせいで、すなわち「つまらないから早く終わってくれ」ということなのだけど、たまに例外がある。「おもしろいけど苦しいから早く終わってくれ」と願う時がある。塚本晋也監督の『野火』はその例外の方だった。思わず顔を歪めるくらいにおもしろくて苦しくて早く終わってほしい上映時間87分。

『野火』が描くのはただひたすら、戦争という大きな潮流に巻き込まれた生身の人間たち。目を見張るような雄大な自然の中で人間が殺し合う、そこに「生きたい」という希望は無かった。ついさっきまで言葉を交わしていた相手が一瞬で肉になる現実においてすら、人間の本能が反射的に行う防衛機能は働き続けてしまう、その最終到着点がカニバリズムだ。死にかける兵士曰く、彼自身の腕を指しながら

俺が死んだら、ここを食べてもいいよ

とのこと。はぁしばらく焼肉食べたくない……。

映画館を出る頃にはすっかり夜になっていて、ちょうど『野火』を観ている間にだけ降っていたらしい夕立のにおいと湿気が残る渋谷の街を、旦那と一緒に無言で歩きながら(もうカニバリズムのせいで旦那も私も鬱状態)、じわじわと考える。言い古されすぎて口にすれば白々さすらあるが、やはり、改めて、こんなふうに好きな人と過ごせること、映画を観れることは幸福なのだ。この幸福を味わい続けたいし、これを妨げそうだし、戦争はいやだなあとぼんやりと思う。

政治わからない 戦争はよくない 君と共に生きたい

『君の笑顔で世界がやばい』/バンドじゃないもん!

戦争映画を観て行き着くのがアイドルソングの歌詞だなんて我ながら節操が無くてびっくりだし、根拠の薄いなんとな~くな政治観にも恥ずかしさは否めないけれど、その恥ずかしさは“無知の知”ということでとりあえずはOK。これからも生きる。

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ちなみに観に行ったのは終戦日の8月15日。足を運んだ渋谷ユーロスペースでは、その日限定のキャンペーンで25歳以下の人は鑑賞料金が500円に割引されていた。その安価さで鑑賞してしまった事実がとてもギルティで……。キャンペーンは塚本監督の「若い人に戦争を知ってもらいたい」という想いに依拠したもので、そして私はその通り戦争を知ることになったので罪悪感を抱く必要はもちろん無いのだけど、この世に存在する良い物とその作者にもっとペイしていきたいぞ、という気持ち。塚本監督、次回作はやくはやく!