ギュッと五臓六腑

はじめてのひこうき

齢22にして初めて飛行機に乗った。JALだったので機内エンターテイメントでJETSTREAMが聴けた。「JETSTREAMを聴きながらの夜間飛行」。うれしい!

飛行機に乗ること自体は私にとって怖いことで、離陸のフワッがダメそう、とか、狭いシートで眠るのがニガテ、とかそういう…なんていうか物理的な怖さじゃなくて、機体が空中で分解・霧散したらどうするんだよ?という精神的な怖さだった。そんな死に方はまっぴら御免なのだ。滅多に起こり得ない事象を恐れる性質があるのだ、私は。

怖かったので飛行機に乗り込む直前の成田空港で旦那に八つ当たりをした。あれが俺たちの乗るやつだよ→「鉄の棺桶だ~」→このスペースで休んでる人たちは多分一緒に乗る人たちだね→「一緒に空中で霧散する人たちだ~」→搭乗口はここね→「搭乗口に登場~」。最後のダジャレはちょっとウケたからOK。

午後7時ごろに離陸した飛行機の窓から見えるのは、星がチラつき始めた濃紺の夜空を背景にした真っ黒なシルエットの右翼で、その先の閃光灯が周囲の薄い雲を瞬間的に、懲りずに何度も照らすのをジッと見ていた。パシッパシッパシッパシッパシッ。そしてヘッドフォンから流れるJETSTREAM。た~ら~たらら・た~ら~♪


JETSTREAMを初めて聴いたのは中学生の時で、当時RADWIMPSが好きだった私は『SCHOOL OF LOCK!』で彼らが担当するコーナーを聴くためにラジオを嗜み始めたころだった。

ラジオ機能付きのMP3プレイヤーが愛機で、自宅では地元の2局しか電波が入らなかったけど、まぁそもそもたくさんのラジオ局があることすら私は知らなかったので問題は無かった。田舎でのラジオ視聴環境はどこもこういう感じ(のはず)で、同年代の数人は『オールナイトニッポン』を聴きたくて試行錯誤していたのだと知った時には笑った。アンテナをアルミホイルで延長させて自宅の裏の土手で聖剣よろしく掲げるとか。いじらしい……。

目当てだった毎週火曜のRADWIMPSの担当するコーナーの尺は30分も無いほどだった。それが終われば後はうたた寝するまで惰性で聞き流す程度だったのに、そのだらだらむにゃむにゃの中に突如として響き渡る初めての「……ンジェットストリィイム……ンジェットストリィイム……」。衝撃だった。"ラジオ"といえば昼間の「こんにちは、今日の駅前はこんな様子で~」から始まるような主婦または車の運転手向けの情報番組か、あるいはリスナーからのお便りを元に展開されるそれこそSCHOOL OF LOCK!のようなリスナー参加型番組のどちらかだと思っていたので、JETSTREAMの、どこか淫靡なタイトルコールと、ひたすらイージーリスニングの曲を流すストイックな構成が物珍しかったのだ。…ンジェットストリィイム…ンジェットストリィイム…。中学生の私にはちょっとおもしろかった。機長は伊武雅刀さんだった。その日は伊武雅刀さんについて調べて、誰だよコレ、と思いながら寝た。

RADWIMPSが好きだったという状況からしてわかる人にはわかると思うのだけど(私たち若かったね)、当時はちょうど歌詞の無い曲に全然魅力を見出せない時期だったので、JETSTREAMについても然りで、眠気が訪れるまでのBGMとして聞いていた。イージーリスニングだしそういう扱いで正しかったのかもしれない。

それでも、オープニングとエンディングにかかる『Mr. Lonely』の時だけは、布団をかぶって自分だけの密室を作り出して、MP3プレイヤーもその中に引き込んで、耳をそばだてていた。一音も逃しませんように。"夜間飛行"という番組のもたらすシチュエーションとMr. Lonelyがお似合いすぎて抗えなかった。たとえ飛行機に乗った経験が、当時の私に無かったとしても。


永遠に続くように思えた夜間飛行を実際に身をもって経験して、やはりMr. Lonelyほどこのシチュエーションを際立たせる曲は無いよなと確信できて、初めて飛行機に乗ったことを想うたびに私の脳裏に浮かぶのはJETSTREAMのあのナレーションだ。
遠い地平線が消えて
深々とした夜の闇に心を休めるとき
遥か雲海の上を音も無く流れ去る気流は
たゆみない宇宙の営みを告げています
満天の星をいただく果てしない光の海を
豊かに流れゆく風に心を開けば
煌(きら)めく星座の物語も聞こえてくる
夜のしじまのなんと饒舌なことでしょうか
毎日のように親に隠れては夜更かしを繰り返していた中学生の自分も悪くはなかったな、と思う。無駄ではなかったのだと噛みしめる。色々な面でふがいなかったあの頃の自分を思い出す。パシッパシッパシッパシッパシッ……。