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強い気持ち・強い愛

2014年が終わった。結婚して3ヶ月が経った。悲しいことと嬉しいことがそれぞれいっぱいあって、悲しいこととは決別できてないし、嬉しいことに対しても、うまく享受できているのかわからないままだ。この文章を書くことで、そんな私が少しだけ救われますように。


結婚するにあたって、彼の両親と私の両親の顔合わせをする、その前夜のことだった。

彼の両親に渡す手みやげを買いに行った母が、店の人と話していて父からの電話に出られなかったこと、それだけの理由で父は母に当たり散らした。

「明日の顔合わせ、俺は行かないからな」

勘弁してくれよ、と思った。


最後だけでもあんたに花を持たせてやりたかったのに、と母はため息を漏らした。父の横暴に耐え、兄の傲慢に耐え、その結果出て行ってしまう私への最後の餞。まぁ確かになかなか最悪な最後だね、と毒づいてから私は自分の部屋でひとり泣いた。

最後くらい穏やかにこなしたかった。明日、彼の両親に、なんて言い訳をしようか。許してくれるだろうか。わざわざ遠くまで出向いてもらうのに、時間を費やさせるのに、彼の両親だってできることなら避けたいイベントだろうに、それを私の父は、母を犠牲に逃げるのだった。


その夜、泣いて泣いて泣きじゃくって頭痛がしてきたころ、ふと思いついた。さっき「最後だけでもあんたに花を持たせてやりたかったのに」とため息をついた母が、母自身から本当に絞り出したかったのは、ため息ではなくて涙だったのではないか。今慰められるべきは、私ではなくて母なのではないか。


母がいるリビングの扉を開けると鼻をすする音が聞こえた。私に涙を見せないようにしてくれる母。明日はお父さん抜きでも電車で行けるよね、絶対ちゃんと行こうね、と強がる母。父のせいで私が落ち込まないようにと明るく振る舞う母の震える声を聞きながら、私の母親はこの人なんだなと改めて思った。


そして、東京で暮らし始めて6ヶ月。ここで過ごす何気ない私の1秒1秒が、実家にいる母を苦しめたり傷つけたりしている気がする。父や兄たちの暴言に歯噛みしながら震える母を、何もできずに放ってしまっているのだ。今この瞬間も。


用もないのに早起きして時間を持て余すボーッとした休日の朝の1秒、職場へ向かうために駅のホームで電車を待つ1秒、お昼ごはんに温めたレトルトカレーを頬張る1秒、帰宅して部屋の電灯をパチンとつける1秒、ふとんに入って明日の予定をおぼろげに確認して目をつむるまでの1秒。

もし私がここでなんら意味のなさそうな1秒を過ごす代わりに、実家のあの部屋にいれば、それが母の救いになるんじゃないの?

救いほどにはなれないとしても、慰めくらいにはなれたんじゃないの?


父親からは定期的にメールが来る。

「寒いから風邪ひくなよ」

「変わりない? 元気ですか」

「今度帰ってくるのを楽しみに待ってます。体に気をつけて頑張って下さい」

死ね死ね死ね死ね!!!!!そんなわざとらしい言葉いらないからお母さんに優しくしろクズが!!!!!!!


私や兄たちが父に望んでいること、父が私たち子どものためにすべきだったこと/するべきことは、そんなふうに優しい言葉をテキストにして表明することじゃなくて、馬車馬みたいに働いてお金を稼いでくることでもなくて、いやそれはありがたかったんだけど、でもそんなことじゃなくて、私たちが生まれたその瞬間から今までの間、ずっとずっとずっとずっとずっと母に優しくし続けて見せることだったのだ。


だから、実家から逃げてきて楽になったはずの私は、父からメールが届くたびに悲しい。ようよう、私の体調なんてどうでもいいからお母さんに優しくしてあげてよ。お母さん、みんなの見えないところで泣いてるんだよ。お父さんがちょっと癇癪をガマンして「ごめんね」って言うだけでいいんだよ? なんでお母さんのこと泣かせるの? ねぇなんで? なんで? なんで?


結局私は母を救うことができずに逃げてきてしまった。自分だけが幸せになりにここに来てしまった。それでよかったし、それで正しかったとわかっていながらも、一方で私は私を常に罰する。酷いことをした。酷いことをし続けている。


「結婚してよかったね、幸せでしょう?」

本当によかったよ、幸せだよ、穏やかだよ、と私は笑顔で頷ける。でもその笑顔の裏には、私の心の中には、以前と同じように父と母の影が確かにあって、私は逃げられないんだな、と思う。


屋根を走る仔猫のように僕は奇蹟を待っていた

夜をブラつき歩いてた

全てを開く鍵が見つかる そんな日を捜していたけど

なんて単純でバカな俺


小沢健二/『強い気持ち・強い愛』


こうして、バカだなぁ、結婚なんかでパッと幸せになれるわけがないってことわかってたのになぁ、惨めだなぁ、こんな考え方しかできない私はせっかく結婚してくれた旦那を傷つけているよなぁ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…と自分を罵り誹り屠る私を、しかし、旦那はそのたびに撫でてくれるので、それだけで生きるのに十分なのでした。


長い階段をのぼり 生きる日々が続く

冷たく深い川 君と僕は渡る

涙がこぼれては ずっと頬を伝う

冷たく強い風 君と僕は笑う

今のこの気持ち ほんとだよね


小沢健二/『強い気持ち・強い愛』


今年は何して遊ぼうかな、何を読もうかな、何を書こうかな、どこに行こうかな、誰に会おうかな、私に何ができるかな。少しずつでいいから、実家で何もできなかった過去の自分と、今ここで足踏みしてる自分を許してあげられたらいいな。


2015年が始まったばかりの1月で、心なしか浮足だってる。今年もどうぞよろしくね。