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あと30分で東京行きのバスが出る

東京に行くねって言ってから、お母さんはいつも以上に優しかった。作ってくれたメンチカツはあいかわらずおいしかった。


今日はバスが出る富山駅までお父さんが車で送ってくれた。これが決定するまでにも私には見えないところで両親間にごたごたがあって、最初はお母さんが送ってくれるはずだったけどお父さんが立候補してきたとか、立候補してきたくせにおとついになってから辞退し始めたとか、それが原因で昨晩は「別れが寂しいからって逃げる気か」という議題でお父さんが責められたらしい。

ちなみにスピリチュアルな兄も「俺が送っていこうかな〜」と言ってたらしい。スピリチュアルなこと言わずにそういう優しいことだけ言ってればモテるのでは?


お父さん、駅の駐車場に停めてからバス乗り場までスーツケース運んでくれたり、バスの中で食べるためのお昼ごはんを買うのを店の外で待ってくれたりして、そういう優しさを表現できるならいつも見せてくれればいいのでは?



17歳だった。友人が、一緒に暮らしてる間は不仲だった家族から逃げ出して、離れて暮らすようになってから仲良くなれたと言っていた。そういう形でしか円満になれない人たちを私は「最初から仲良くするための努力をすればいいのに」と蔑んで生きてきた。ところが、お父さんが仕事をやめてきたとき、兄が仕事をやめてきたとき、もうひとりの兄がうつ病になって実家に出戻ってきたとき、仲良くするための努力が私自身に必要になってしまった。こんなにも大変だとは知らなかった。空回りばかりしてしまっていた。血のつながりだけですべてがなんとかなると思っていたのに、家族同士の怒鳴り声は容赦無く家中にひびき渡っていた。悲しかった。悔しかった。


東京に行くことで家族の不完全さすら愛しく思えるように、優しくなれたらいいな。優しくなるために行くのだ。


17歳のときに抱いていた蔑みはもう私の中にはなくて、憧れすら生まれている。私だって私の家族をひとり残らず諦めたくない。絶対に諦めないからね。