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3月下旬、恋人に会いに東京へ行ってた。
恋人は東京で一人暮らししてて、かつ昼間は外にお仕事しに行ってたから、私は朝に見送り、昼は自宅警備員、夜はごはん一緒に食べて寝る、という感じ。

昼、自宅警備員ということで、隣の部屋の物音にジッと耳を澄ませたり、恋人の部屋の窓から見下ろせる畑に遊びに来る猫を観察したりしてた。猫、恋人の住んでる町にいっぱいいた。町を割る緑道を歩くと垣根にひそむ野良猫たちからギロギロ睨まれた。東京では夏目漱石の『吾輩は猫である』をね、青空文庫で読んでいてね、あれ、本当に名作ですね。

わずかに午(ご)を過ぎたる太陽は、透明なる光線を彼の皮膚の上に抛(な)げかけて、きらきらする柔毛(にこげ)の間より眼に見えぬ炎でも燃(も)え出(い)ずるように思われた。

夏目漱石吾輩は猫である』本文より】


田舎にしか住んだことないから都会は怖くて不安だった。でも恋人が住むに選んだその町には銭湯がいっぱいあって、小さな喫茶店がポツポツとあって、パン屋さんから焼きたての小麦粉のいい香りがして、商店街では店主の「いらっしゃい」が雑踏から抜きん出て聞こえるし、自転車に乗ったヤクルトレディは道行く子どもに「こんにちは」を送ってた。こんにちは。いい町だった。


こんなの本当は逃避で、居心地の悪い実家と人間の怖い学校におびえてばかりの自分が情けなくて、何も考えたくないから恋人に甘えに行っていただけだ。

それでも恋人は私に逃げてもいいんだと言ってくれる。実家からも学校からも逃げて一緒に住むことを望んでくれる。今このとき、今この文章を書いているときですら責任感に押しつぶされそうで迷っているけど、するべきことを早くしなくちゃと焦っているけど、あの町と、あの町に住む恋人が私を待っていてくれるなら、傷つくことにもう少し耐えてみようかな。


東京で会った人たち、みんな優しかった。「このまま帰らずにいなよ」って言われるたびに泣きそうになってエヘヘとしか言えなかった。Twitterで暗い気持ちを吐露してばかりだった私を実際に見て「元気そうだ」と思ったのならそれは本当に目の前のあなたのおかげでした。また遊んでね。