京都行ってるときに@s_kazuneさんと@teenstさんと@cho_styさんと一緒にごはん食べてきた。


「友達いないの?」って聞かれた。「いません」って言った。

友達の定義にもよるけど、定期的に休日遊びに行くような友達あんまりいない。数えるほどしかいない。片手で足りる程度にしかいない。2人しかいない。数えました。
その2人とは私が普段「ATM」と揶揄している2人のことで、彼女たちは私が同性にも関わらずいろんなもの買ってくれる。本気でホモを疑ったことも何度かあるけど、ちゃんと彼氏作ったり彼氏を元カレにしたりしてるところ見るとバイなのかもしれないなというとそうでもなくて、これはちょっと自分で言うのもアレなんですけど私のこと好きなんでしょうね。その気持ちは全然わからないけど、彼女たちから誘われる銭湯やら焼肉やらは引きこもりがちな私を外に連れ出す名目に十分だし、鬱々とした私の気分に風を通してくれるからいい。


「なんで友達いないの?」って聞かれた。「私のTwitter見ててあの感じで友達できると思いますか?」って返した気がする。どうだったっけな。自分でそれ言うの、悲しい感じして困らせそうだなと思ってやめたんだっけな。

友達いないの、人間に対してすぐ諦めるからだと思う。
私の他の人間に対する心の門は広く開いていて、出入り自由だけど、1回でも嫌なことされると「ああ~この人とはいつか離れなきゃいけないな」と思ってしまう癖がある。
私の根底に「人間の性質はそうそう変わらない」っていう思想があるせいで、1度の嫌なことはn回起こりうると思っている節がある。
あなたの○○なところが嫌です、直してくださいって言えばいい話なんだけど、もしその請願が聞き入れられたとしても、そんな我慢をさせながら例えばラーメン屋さんの行列に並んだりとか、本屋さんにふらふら物色しに行ったりとか、喫茶店でフラペチーノ飲みながら恋愛話するとか、そういうことってできなくないですか?できます?いやまあできるけど「これこれこういう行動はこの人の前でしちゃいけないんだ」って思い思われながら味噌ラーメンがいいねとか今月のりぼんの付録がすごくてねとかANNA SUI使ってる女はメンヘラだよねとか言い合いたいです?
少なくとも私はなにか我慢させた状態に他人を置くことが苦しいのでパッと諦めてしまう。人類68億いるんだから我慢せずともニコニコほがらかな関係を築ける相手を探してほしい。68億分の1の私のことは忘れてください。

その点インターネットは相手の見たくないところは見なくて済むからいい。嫌なところあっても無視してればいい。
TwitterでフォローはしてるけどFacebookのフィードは購読してない人とか、その逆もあるし、TwitterFacebookも無視してるけどTumblrでだけはフォローしてる人とかいっぱいいる。
インターネットの使い方、どこか宗派じみたものがあって、「おまえmixiへのログイン頻度少なすぎだろ」には「mixiおもしろくないと思うから」って返せばオ、オウ…ってなって話が終わる。そこは他人がどうこうできる問題じゃないよねみたいな空気が流れる。
時々「もっとマイミク増やしたらおもしろくなるよ!」って言われても「マイミクになりたいほどの知り合いがいない」って返せば話が終わる。友達はね、作るものじゃなくてできるものだからね。


インターネットがあってよかったね。


@s_kazuneさんも@teenstさんも@cho_styさんもインターネットで出会った人だけどみんないい人だと思う。
時々会って一緒にごはん食べ合える関係、とてもステキだと思うし、「インターネットの知り合い=友達」とは一概には言えないと思うけど、ニアリーイコールぐらいにして友達として数えたくなった。
日々「死にたい」「起きッッッッッゾ」「便秘がつらい」「産婦人科で棒入れられた」などのツイートしてるだけなのに、実際に会ったとき真剣に話聞いてもらえるのすごいと思う。
「ゆきよさんいろいろ大丈夫?」って聞かれるのやばい。私の日々のツイートはメンヘラの構って行為なのだから何も気にせずあなただけは健やかにお過ごしくださいいいいいって思ってしまった。
「家族は捨てていい、君が苦しむのはよくない」ってアドバイスされるのやばい。精神科医っぽい。
@s_kazuneさんは日本語しゃべってて感動した。
引きこもりが長引くと人間が目の前で話し合ってるの見るだけで感動してしまう。