読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

私の父親は両親の離婚離婚離婚離婚…の中で生きてきて、父親が小さな頃に実の母親と離婚され別の女性と再婚されてしまって、だから父親は実の母親の顔すら覚えていなくて、きっと最初の妻の子どもとしてその離婚離婚離婚離婚…の中で生きることはつらかったのだろうなと安易に想像できるし、どんなちっぽけな事象についてでも父親のせいなのだと表現されると声を荒げる今の父親のルーツはそこにあって、きっと離婚離婚離婚離婚…になったのは父親のせいだと言われながら育ってきていて、でも父親の生きる場所はその離婚離婚離婚離婚…の中にしかなくて、父親が父親自身の叔父に今の家庭をないがしろにしてでも畏怖を持ち続けるのは叔父が実の父親よりも優しく接してくれて、その離婚離婚離婚離婚…の中からひとときでも目を逸らさせてくれたからで…。

私の母親の内縁の父親が死んだとき、密葬にしたがる母方の意思に反して参列を申し出た父親の叔父に悪気はなかったと思うし、それを断った母親にも悪意はなくて、母親にあったのはひたすらに自身の内縁の父親に静かに静かに眠ってほしいという願いだけだったのに、父親は叔父に恥をかかせてしまったと焦り、母親に憤り、自身の参列を拒み、母親はそれを今でも根に持っていて…。

でも母親は、私や兄たちが父親を批判するたびに「お父さんの小さな頃の写真を見たとき、こんなかわいい子がまともな家庭で育ってたら今のお父さんみたいに育つわけがないと思った」と繰り返す。すべては父親の育った環境が悪かったのだと私や兄たちを諭す。父親を許すためのたったひとつの理由を私や兄たちに伝えようとする。

私や兄たちにとっては父親は生まれたときから「父親」であって、母親は「母親」だった。
最初から「父親」だったから、「まともな家庭で育つことのできなかった小さな頃の父親」なんて想像もつかない。母親だってそうだ。”内縁の”父親がいる時点でまともな家庭ではなかったのだ。それでも、「内縁の父親の下で育った母親」なんて想像もつかない。

想像がつかないまでも、理解をしようと努めることができたなら、今のこの自宅に希望を持てるだろうか。怒ることでしか自分を守れない父親に希望を持てるだろうか。受け止められるだろうか。許せるだろうか。