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友人カップルが結婚するのでキーカバー作った

友人カップルが結婚するとのことでめでたい。彼らが一緒に住む部屋では猫が飼われており、ごはんを食べられる猫カフェとしてよくお世話になっていて、お礼もこめてお祝いのしるしにキーカバーを作って渡した。

キーカバー、私と旦那も、私のつくったものをおそろいで持っていて、無意識に毎日使えるという点でよい。おそろいだからといってこれ見よがしに他人に見せつけることもない。キーカバーはあってもなくても構わないもの……アドオンなものだから、生活を劇的に変えるわけでもなくて導入に易しい。実家でレザークラフト始めるにあたってハンマーの音で家族に迷惑をかけることがわかりきっていたので、まずは家長、私の場合は父親にキーカバーをプレゼントして媚を売っておくというライフハックを実行した過去もある。工程も短いし初心者でも作れて、かつ、周囲に媚も売れる作品No.1、それがキーカバー。

猫好きカップルなので猫モチーフにしようと思いつき、猫のあのずんぐりむっくり愛らしい感じを鍵の上部にどう置こうか頭を絞る。彼らの今飼ってる猫たちを模するか〜と考えたけど、レザーで表現するには細かい模様だったことを思い出して早々に諦める。

「キーカバー レザー 猫」とかでぐぐって流し見、パクれそうなデザインを吸収するけど、レザークラフトに限らずあらゆる手仕事は設計図が共有されてもそれを表現する技術で追いつけないので、プログラミング業界のOSSに慣れてると、なんていうか圧倒的な実力差ってあるんだなぁ……とちょいちょい病む。

部屋の鍵が二つあるらしいとの情報を得ていたので、暗くなってから帰宅する時に二つの鍵の判別をわかりやすくしたい。シルエットで分けよう〜と考えたけど、同一のドアに使う鍵ならペア感を出したいし、わずかな形状の差異は逆に混乱させそう。レザーの感触で違いをつけることにする。

使ったレザー、赤くてざらざらしてるこれと、

茶色でつるつるしてるこれ。

ドローイングアプリで革と糸の色との相性を試す。やってみなきゃわかんないことが大半だけど積極的に失敗しに行くほど元気ではないので。若さゆえの過ちなど少ない方がよろしいのですよ。盗んだバイクで走り出さずに、校舎の窓ガラスも壊して回らずに大人になる方がよろしいのですよ。

型紙に起こす。

生首。

習作としてまずは適当な革で作ってみる。穴を開けるところにキリで目印をつけると三つ目の妖怪みたいになって怖かった。夢に出てきそう。

サイズ小さかった。無理矢理鍵を押し込んだので釣り目の猫になった。

一回り大きく型紙から作り直して本チャンやぞ!

作業に飽きたタイミングで写真撮ってる。

ちょうど白い糸を使い終わって飽きたんでしょうね。

できた。徹夜してめちゃくちゃ眠かった。先方と同型の鍵を入れてOKなのでオールOK。今回は同型の鍵が手元にあったからいいけど、一般流通させるキーカバーを作りたい時には最大公約数を取って設計するの超大変そうだな〜と取らぬ狸の皮算用。革だけに。ふふ。

みんな大好きラッピングタイム。

ギャー全然納まる気配がない。

分離させたい。

台風かよ。

納めて乗せてはみたものの「運搬中にもじゃもじゃ上を平行移動しそう」という危機感にさいなまれる。

そこらへんにあった厚紙とテープで雑に固定。

スリーブからはみだそうとするもじゃもじゃが憎かった。

で、箱を包んでイェイ完成。余ったもじゃもじゃはどうしたらいいんだ。焚き火でもするか。

✳︎ ✳︎ ✳︎

友人カップルが婚姻届を出すにあたって、私と旦那に白羽の矢が立ち、証人欄を二人で埋めさせてもらった。婚姻届は出したことあるけどこの欄を書くのは初めて〜とはしゃいだ。

婚姻届の証人の欄(と『応人の乱』で韻が踏める)というのは、お互いの両親の片方ずつだとか、カップルが成立するにあたって尽力した仲人だとかに書いてもらう場合が多いけれど、実は成人済みの人間であればカップルとどんな関係の誰であれOKらしくて、極論を言えば市役所で赤の他人を二人捕まえて書いてもらえば届出には何の問題もないらしい。市役所に来てるような人間なんて大抵は印鑑を持ち歩いているだろうし難しいことではない。

それにしても証人という名称ではあるものの、例えば離婚したって責任を取らされるわけでもなく、あの欄の存在意義ってなんなのだろう?少なくとも友達が二人はいないと今後の結婚生活はやっていけないよ、という忠告なのだろうか。余計なお世話すぎる。

✳︎ ✳︎ ✳︎

誰かのために何かを作る時の、目に見える世界のすべてからヒントを得ようとするあの感じも含めて物の値段は決められるべきだよなぁと思う。映画の予告でよく聞く『構想○年』という表現は過言ではなくて、四六時中、それをどうしたらもっと良きものに昇華させられるだろう、と探し求める時間を、プライスレスとは言い難い。確かに神経がすり減る感覚がある。庵野秀明とか、この種の苦労が人よりずっとやばそう。特に根拠はないけど。

最近観た映画『SCOOP!』『怒り』『何者』

3作ともタイトル短い。最近の邦画、短くしすぎでややこしいのでもっと「赤い公園」とか適度にアイデンティティ持ったタイトルにしてくれないと区別がつかない。

SCOOP!

予告の時点で絶対面白いと思ってたけどやっぱり面白かった……!

福山雅治、喋り方がもう「演技中の福山雅治の喋り方」というジャンルを確立しているよねって感じで、どんな役をやっていても福山雅治だな〜と常に頭の片隅にチラついてくるけどやっぱり画面に映える佇まいをしていらっしゃる。ドラマ『美女か野獣』でも今作と同じようにチャラ男×クール女のカップリングで好きだったんだよなぁ。

定子(吉田羊)、仕事の時はひっつめで、プライベートの時は下ろしてて、ってギャップが色気ありすぎ。

リリー・フランキー、いろんな映画にサイコパスとして出てる印象があって、今回もはまり役だった。安心できるサイコパス役者。クスリでキマってる演技が鬼気迫っててとても良かった。

にしても野火が襲われた廃屋?でチャラ源さんどこに潜んでいたの?

二階堂ふみさん、初めて動いてるの見たけどずっと宮崎あおいに似てて困る。若者っぽい喋り方、という演技なのかただの棒読みなのか最後まで判別つかなかった。濡れ場はもう少し尺短くて良かったのでは……。あんなにだらだら長い意味ある……?

怒り

暗い映画をレイトショーで観ると精神に来ますね。音楽が坂本龍一だったからクラシック効果で眠くなってしまう恐れがあった(実際に『レヴェナント: 蘇えりし者』で実証済み)けどまぁ大丈夫だった。ロケ地が沖縄で、見覚えのある場所が出てくると嬉しかった。

広瀬すず森山未來宮崎あおい松山ケンイチ妻夫木聡綾野剛、の3組のストーリーが良い意味と悪い意味両方で目まぐるしく展開する。なんかちょくちょくテンポ悪くて、あっもうそっちの話行くの?このタイミングで?っていうのが何度かあった。

妻夫木聡×綾野剛のカップルめちゃくちゃ良い。無愛想な綾野剛を可愛く思ってる妻夫木聡の甘い表情よ……。

「愛子が幸せになれるわけないって思ってない?(だから不吉な想像ばっかしちゃうんでしょ?)」ってセリフにギクッとさせられる。誰かを心配するという大義名分を掲げることって時々あるけど、心の底では相手の幸福な人生を信じてあげられてないだけかもねー。自戒だ。

ピエール瀧さん、相変わらずのリアリティ。ああいう不潔な刑事さんいそう。あと渡辺謙!This is 渡辺謙って感じの堂々とした演技!すごい!

描写に不備?不満?があって、特に終盤、バイブス下がってしまった。宮崎あおいの泣き姿、長くない?いいかげんに泣き止んでよくない?綾野剛の某仲間、ぽっと出で重要な解説するしなんなの?綾野剛は何から逃げてるの?○○出身なこと?ゲイなこと?妻夫木聡、喫茶店から出る時、カバン置いてっちゃってない?つーかとにかく宮崎あおい松山ケンイチ妻夫木聡綾野剛と関係者たちはコミュニケーションが足りてなくて誤解が招いた結果だろ、と思ってしまった。人間関係を描く映画でこれはそもそも論な気もするけど、もっといろいろ腹割って話したらそんなことにならなかったでしょ感があってイライラしてしまった。

犯人、サイコパスっぽいのに《怒》って書くかなぁ、もちろんいろんなサイコパスがいるとは思うけど、今作のは怒りをぶつけるというか天性の癇癪を我慢できずにぶつけるって感じのサイコパスだったし、あと最初から最後までセンテンスを殴り書きしがちな設定があったのに、《怒》って。違和感。

何者

学生時代に理系だった人は最初の方で「はいあなたはこれから観ること全部他人事です!」というアウトオブ眼中宣言されて肩透かしされる。そのせいかまったく心が動かされることなく観終えてしまった。

登場人物だいたい性格悪くて、この人となら友達になりたいな〜って人が菅田将暉山田孝之だけ。有村架純はわけわからんタイミングでキレる役で、他のひとのこと「ヒステリーになっちゃった」って形容してたくせに自分だってそうやんけ!となる。あと二階堂ふみの演じるリカがダントツ一位で友達どころか知り合いにもなりたくないうざさ。

Twitterが物語のキーとして使われていて、でも私はTwitterにヘビーに慣れているから「ああはいはいあるねそういうこと」で過ぎてしまった。Twitterライトユーザで、かつ、学生時代は文系だった人が観たら楽しめるのかしら。

クライマックスで演劇と映画の親和性って高いんだな〜すごいな〜となれたのは良かった。演劇を観に行きたくなった。俯瞰するのって結局のとこ逃避なんだよなぁ。

サイタマからアメリカに田舎ラップは響くのか 映画『SR サイタマノラッパー』

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埼玉育ちブロ畑育ち 山の幸とは大体友達

―俺らSHO-GUNG~サイタマノラッパーのテーマ~/SHO-GUNG


SR サイタマノラッパー』という映画を観たら今まで映画に抱いてた価値観が覆されてしまって震える。映画ってお金をかけなくても人を感動させられるのだ。あの有名な俳優が出てるとかCGがどうとかまっっったく関係ない。

サイタマノラッパーは上映が始まった瞬間にホワイトノイズが入りすぎとかマイクの音こもりすぎとか画質悪すぎとかタイトルロゴが斜体だし色合いも絶妙にイモいとかいろいろあるけど、そういうこと全部を忘れさせるくらいにストーリーが意識を引き込んでくれた。もちろん「お金をかけられてないからこそ価値がある」と言いたいのではないし、親にどれだけ教育費かけられてもろくでなしっているでしょう?

タイトル通り埼玉のラッパー=Saitama-no-Rapperの映画です。埼玉、と聞いてああ~何もないところねと印象を持っているのはたぶん間違ってない。埼玉の話をして・されて、広がった記憶ってある?私はないです。それほど何もない町、つまり田舎でラッパーとして生きるにあたってぶちあたる絶望が描かれる。

田舎出身ならわかるネタ、まずは車社会。主人公のIKKU(名前がイクミだからイック)は車を持ってないからだだっ広い田んぼ道を歩くし、流しのタクシーなんて走ってないし、仲間内で車を持っている奴はそれが親の車であろうと常に駆り出される。
次に建物事情。一戸建ての古い家屋ばかりで部屋も玄関も基本は引き戸。コンビニの周囲には他の建物はなく駐車場。
最後に村社会。噂は老若男女全員に共有される。誰々が出て行ったとか戻ってきただとかの「よそとうち」の感覚。先輩・後輩の上下関係。

田舎から東京に出てくると忘れそうになるけどマジでそういうもんなんだよね、田舎って。車を持ってないだけで市民権ないみたいだったもん。車なんか運転して日常的に人を殺す可能性を自分自身に持ち歩くのが怖くて免許も取らずに東京に出てきたこと、後悔はしてないけど、地元にいた頃の自分を思い出すとかわいそうになる。

そして田舎で一番キツイのは、親や友達から、しがないサラリーマンになることしか求められてないという点。それ以外の夢を持ってる人間にはこれが一番つらくて、だって常に耳元で「諦めろバカなことはやめろまともに働け」をささやかれてるのと一緒だそんなのは。実際に否定を口にしてくるのだ、あいつら。

劇中でもたびたび出てくるセリフ、「○○(地域名)だぜ、無理だろ」。夢って無理/無理じゃないって基準でもつものじゃなくない?毎日否定されてHP削られてしまうんだから叶うもんも叶えられなくなってしまう。そもそも「何かをし続ける」っていうのはそれだけでとても難しいことなのに、田舎ってだけでもっともっとハードルが高くなる。金銭的にも地理的にも人間関係的にも。今はインターネットがあるから敷居が下がったとはいわれるけど、それでも日々「これが都会だったらなあ」とへこまされてしまうのだ。

しかもIKKUが追いかけてる夢はラッパー。プロですら一歩間違えれば「ダサい」と形容されるジャンル。でも本当は田舎だからこそラップをするべきなのだ。楽器なんか弾けなくても音符なんか読めなくてもできる唯一の音楽。

ラストシーンの、ビートもなしに即興でラップをする、いわゆるフリースタイルラップのシーン。周囲からは揶揄され、軽蔑のまなざしを向けられ、それでもかまわずに届け響けと歌うあのシーンに、ラッパーという生き物の存在意義が詰まってる。

そしてエンディング、IKKUはこの曲を、本当はこんな形で実現したかったんだよなぁ。仲間だったと思ってた人はみんなどこかに行ってしまう。「捧げるぞTKDに」って歌詞だって、この地で夢を見続けることに協力してくれた相手への本気の感謝を込めたリリックだ。嘘でも冗談でもない。ましてや他人の目を気にして恰好つけるための言葉でもない。明るいトラックに乗せられた明るい言葉たちが、映画を観た後だととてつもなく切ない歌に聞こえる。

HIPHOPでわからなくなったらまずはググれ
それでも無理なら首くくれ

―俺らSHO-GUNG~サイタマノラッパーのテーマ~/SHO-GUNG

これでSHO-GUNG 全員集合で始まった今日だけのparty

―俺らSHO-GUNG~サイタマノラッパーのテーマ~/SHO-GUNG

もうこのエンディングテーマを最後に聞くためだけの長いミュージックビデオだと考えてもいいくらいに、この曲が心に響くし届く。映画館で観てよかったと心底思ってるけど、Netflixにもシリーズ全3作あるので、とにかく観て、泣いて、一瞬でもラッパーってかっけーなと感じてほしい。あっでも私もまだ2と3は観てないです。

結婚記念日だったのでハンドメイドの財布をあげた

結婚2周年記念日です。サプライズで旦那にハンドメイドの財布をあげた。

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ででーん。

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こういうのはラッピングが一番楽しくて写真いっぱい撮ってた。まずは箱に緩衝材みたいなやつをセットします。

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ひっ もじゃもじゃおばけ!(入りきらん)

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悪霊退散の気持ちを込めて潰す。ぎゅっぎゅっ。

想定していたよりも横幅ぴったりで肝を冷やす。

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ぱたり。

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外装用のペーパーが明らかに尺足りない。

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大人になるっていうのはね、妥協ができるようになるってことなんだよ。なんかおいしいお菓子入ってそうな外見になったけどよろしかろう。

一緒に暮らしてる相手にサプライズを企画するの、ふとした瞬間に虚無感(『なぜ通常の生活リズムを崩してまでこそこそしなければいけないのか?』)が襲ってくることを学んだ。これ書いてる時点ではまだ渡してないので油断はできない。

* * *

旦那さんの今の財布、確か10年くらい使われてて、いわゆる≪バリバリ財布≫で、しかもビーバーの巣作りかよってくらいに無駄にレシートとか映画の半券とかをためこむ人なのでそれはもう常にふっくらぱんぱんなのである。まあ財布、大事なのは中身だし、別にいいけどさぁでもさぁ……で指摘して新しいのを探すけどお眼鏡にかなうものがない→「じゃあつくって」と言われる。レザークラフトの道具も買ってくれる。きゃっきゃっ。

それが少なくとも結婚前の話だから2年以上前。ひとまず経験値を稼がせてくれと言い訳してキーカバーやらiPhoneケースやら肩掛けカバンやらをつくりうだうだうだ結局去年の5月あたりから構想2か月、PDFに起こした型紙データはどうやら去年の9月下旬が最終更新日、で、つい最近完成したので、革を切ったり貼ったり縫ったりに1年かけてたことになる。はは。かかりすぎ。あと時間かけたにしては仕上がりに満足できてないし、とにかく技術が足りなくて歯がゆい。

敗因、2点あって、旦那から「薄いのがいい」と要望があったから薄さにだけ注力して柔らかい革を選んでしまったことと、ファスナーを扱うのが初めてだったこと。≪クロムなめし≫といって、柔らかいってだけで私の持ってる技術があれもこれも通用しなくて手こずる手こずる……。そのせいもあってファスナーの縫い線ががたがたになって、開け閉めが苦労する感じに仕上がってしまった。地元で馴染みのレザークラフト用品店のお姉さんに、こう、周囲をぐるっとファスナーで囲む財布を作りたくてね、って相談した時の、彼女の「それは鬼門だね」という一言と神妙な面持ちが妙に印象に残ってたけどそういうことかと膝を打つ。調べたら柔らかい革もファスナーも初心者向きじゃないとのことで私の心がめげるめげる……。

完成させたはいいけど使い心地が悪そうで申し訳なさがある。

でもあらゆる創作は完璧じゃなくていい。もしかしたらそれを受け取る誰かが喜んでくれるかもしれない。創作とは、そういう小さな可能性に賭けて行われるものなのだ。ってエルトン・ジョンも『Your Song』で歌ってたでしょ。

I know it's not much but it's the best I can do
まだ十分じゃないとはわかっているけれど これが僕にできる精一杯

My gift is my song and this one's for you
僕からの贈り物はこの歌で そしてこれは誰のためでもなく君のためのものだ

And you can tell everybody this is your song
君の歌なのだと皆に言ってくれていい

It may be quite simple but now that it's done
シンプルすぎるかもしれないけれど もう出来上がってしまった

I hope you don't mind that I put down in words
僕が書き下ろした言葉だということも気にしないでほしい

How wonderful life is while you're in the world
君のいる世界ってやつはなんて素晴らしいんだろうって言いたかったんだ

ね。歌ってたでしょ。

ファスナーを縫ってる時、イライラしてあーもうだめだーってなったけど、一旦この曲をレコードで聴いて元気を出したなぁ。針を止めて針を落として復活した。そんなふうに私の創作もいつか誰かを救えたらいい。次はもっといいものをつくるぞ、を繰り返すために筆や糸や針を手に取って机に向かう。

9月に観た映画『君の名は。』『シン・ゴジラ(2回目)』『グランド・イリュージョン』『グランド・イリュージョン 見破られたトリック』

君の名は。

前情報で「予想外の結末!」って聞いてたけどこれが予想外ってどんだけ今まで本とか映画とかに触れてこなかったんや感ある。でも「初めて会うはずなのに運命的なものを感じる」という相手、生活の合間に確かにいて……いるか?別にいない気がしてきたけど、とにかくそう思った時に突き詰めて「実はこういうことだったのでは!?」と妄想を膨らませたら確かにこんなストーリーができそう。できそうってだけで実際につくるとこまで行けるのが才能だよねーそれができない私は一般視聴者なのだーこのまま何も成し遂げずに死んでいくんだーって感慨があった。

監督の新海誠さん、あいかわらず空とか星だいっすきなのね(名前は海なのに)、彗星の描写とても綺麗で、逆に「こんな綺麗なのに」と悲しくなった。同監督の『秒速5センチメートル』を観た時は登場人物が全員根暗でイライラしてしまったから、今回もみんな陰鬱なのかと危惧してたのだけど、ところどころにギャグが散りばめられててフフッてなれてよかった、ちゃんとエンターテイメントだった。入れ替わりに気づいてお互いにルールを決めあう場面がリズミカルで楽しかったし、みつはとみつはの声が一番かわいかったと思う。みつはの声役の女の子は映画『ちはやふる』に出てて、その頃からずっとファンなんですよー名前読めないけど。上白石萌音。かみしらいしもね。今調べました。どっからどこが苗字だ感あるでしょう?

みつはが途中で髪を切ったのはなんらかのメタファーなんですか?髪切った後に赤い組紐を髪につけて「どう?似合うかな?」的な照れ笑いする場面があるじゃないですか、彼女、一瞬の迷いもなくああいう着け方をしたじゃないですか、絶対用意してたでしょ、「この髪に組紐着けるならこうだな」って鏡の前で練習してたでしょ絶対、それなのにあの「こういう着け方初めてで似合うかどうか不安だな……♡」みたいなセリフはなんなんですか?あざといわ。奥寺さんもあんな男だらけの職場で働いててあざといわ。私も高専女子だからひとのこと言えないけど!「新海誠の作品は童貞向け」って言われるのそういうとこだぞそういうとこ!

劇中歌を担当してるRADWIMPS、中学の頃にめちゃくちゃ好きだった音楽グループで、って言い張ってきたけど高校の頃だった気もするな、高校の頃です、なので思春期コンプレックスがガンガン刺激されて、野田洋次郎の歌が入るたびに口が真一文字になってしまった。もうコンプレックスすぎて恥ずかしいし多くは語りたくないけど、やっぱりRADWIMPS悪くないわ……って思ってしまう自分を認めたくないわ……それにしても今回の『前前前世』、RADWIMPSみずからBUMP OF CHICKENに寄せてきたのでは?ってくらいバンプ感あって笑った。彼らはお互いのためにちょっと離す努力すべきなのでは←こういう上から目線の批評が痛々しいから語りたくないんだっつうの。

職場近辺がロケ地に使われてて、あんなに綺麗に描写されてたら聖地巡礼したくなってしまうよなぁ、で、その映画を身近に感じてさらに好きになれてしまうんでしょう?ずるい。

シン・ゴジラ(2回目)

(もう公開してから経つしネタバレをガンガンしていくぞ)

一回目に観た時と同じように新幹線爆弾と在来線爆弾にはしゃいだ。あれ、でかいゴジラに小さいおもちゃたちが向かっていく感じが私をはしゃがせるんだと思う。ちょっとCGが安っぽいのがおもちゃっぽいでしょう?ちょうど映画『アントマン』のおもしろさ。新幹線爆弾と在来線爆弾にテンションが上がる人は私と同様の感性を持ってると思うのでぜひ『アントマン』見てください。あと『ナイト・ミュージアム』も楽しめると思います(なんかこの話、前にもなんらかの映画評で言った覚えがあるぞ?)。

ゴジラにビルが次々と倒れていって、ゴジラが「うっぜー!」=ギャオーって言ってるの可愛い。ていうかゴジラ、やはり可愛い。特に第一形態、やはり可愛い。手がないのが可愛い。第二形態以降も手が短くて可愛い。おまえなーそんな手が短いからすってんころりん転ばされるんだぞ、めっ!、というほんわかした気持ちになれる。第一形態の、エラから血?がブシャッ……ブシャッ……って出るの、みんなキモいって言ってて、個人的には1回目の時は気にならなかったのだけど今回二回目で確かにキモってなった。可愛いけど。ビル郡の隙間の広い道路をクネクネ行く感じがいじらしくて可愛い。第一形態はまだ身体も小さくて、ビルと同じくらいの大きさだからたまにビルに引っかかるじゃないですか、あれも可愛い。

ゴジラ観て泣いた、と言う人がいて、泣き所どこだろうと思ってたのだけど、最後の赤坂さんの「この国はスクラップアンドビルドで、~」というセリフでウルッと来たのでそこかなぁ。

グランド・イリュージョン

9/1に公開されたシリーズ二作目『グランド・イリュージョン 見破られたトリック』を劇場へ観にいく前に予習として観た。

ヘンリーが華奢で超かわいい、スーツ姿似合いすぎてて「私もスーツ着たい?」って思ってしまうほどだった、タイトスカートから伸びる脚の美しさがたまらん。ヘンリーを演じてるアイラ・フィッシャーさんというの、覚えておこう。メンタリストのマッキニーのヘンリーへの口説き方いちいちキモい、特に欲求不満がどうたらのくだり、あんなにキモい口説き方してよく殴られなかったな。モーガン・フリーマンは何を演じててもあっモーガン・フリーマンだって気づける、顔が唯一無二すぎる(褒めてる)。

手品を映画でやるというの、映画というもの自体がそもそも創作/虚構が前提なんだから何の意味があるねんと訝しみながら観始めたのだけど、タネがどうとかに関わらず手品ってパフォーマンサブルだし、手品師の観客の煽り方も含めての"華麗なパフォーマンス"だし、それがちゃんと映画として表現できてる……というか、すごく質の高いマジックショーの中継って感じで、ショーのシーンのたびにわくわくできて楽しかった二作目も楽しみ。

グランド・イリュージョン 見破られたトリック

一作目ほどの興奮はなかったけど、マジシャンたちの華麗な手さばきにワオ~となれる点は変わってなくて、最終的にトランプの扱い方を身につけてみたくなる。私もトランプをシュッて投げたい、手癖悪くなりたい、近辺で盗難事件あったら真っ先に疑われそうだけど。

一作目のヘンリーがいなくて寂しかった……ヘンリーのスーツ姿また見たかった……ヘンリーの代わりの紅一点のおねーちゃんもウザキャラで良かったけどウザキャラはマッキニーだけで十分っていうか今作はマッキニーの弟がウザすぎるからウザキャラが飽和状態だった。あとジャック、ずっと女にでれでれしてた記憶しかない。最後の方、どんでん返しに続くどんでん返ししとけばいいと思ってんだろしつこいわ!ってなってしまった。

アトラス坊主になってたのなんでなの?長髪のがEDM聴いてそうで似合ってたョ~。一作目が良すぎたのか懐古厨みたいになってしまって悲しいョ~。格好良さはあれど、ヒューって騒ぎたくなるような、賛美を送りたくなるようなマジックがなくて消化不良っぽさ。あでもアトラスの最後のマジック良かったな、超能力みたいで画面に映えるタイプのマジックだった。

あとこのシリーズの邦題、一作目が『グランド・イリュージョン』で二作目が『グランド・イリュージョン 見破られたトリック』で、元タイトルに副題をaddしたみたいな感じでややこしい。素直に2って付けてほしい。中身も一作目と二作目で独立性保たれてるわけでもなく!

8月に観た映画『シン・ゴジラ』『ペット』『ファインディング・ニモ』

シン・ゴジラ文句なしにおもしろかったので見てない人は早く観て、あと今の時期にペットを観にいくと夏休みの子供たちがいるので子供好きな人は大丈夫だけどそうじゃない人は気をつけて。

シン・ゴジラ


『シン・ゴジラ』予告2

ゴジラ第一形態(って書く時点で第二、第三への進化があるんだなってネタバレで申し訳ない)、ツチノコとかナマコみたいでかわいかったけど、私の、手がない動物をかわいいと思う心理は一体どんな由縁で発生してるんだろう。背中からビーーーーーってやつ格好よすぎでしょう、私も出したいわ背中からなんらかの攻撃的な物質。

ゴジラとかガメラとか怪獣ものってやつはアンパンマンと同じで始まりから終わりまでテンプレート化してしまっているものなのに面白い・面白くないがあって不思議。もちろん今作は面白い側でした。

予告で知ってたけど石原さとみのガッジーラに結局にやにやしちゃった。上映中に「で、石原さとみは最終的に誰とキスするの?」って考えてた自分に恥を感じる←少女漫画脳っぽい。あとZARAを見かけるたびに石原さとみを思い出すようになった。

博士について、最後まで観てもよくわからなくて議論が必要っぽい、データを○○紙で残したのはアメリカの人間には解析しづらいようにって意味もあるのかな。

課長補佐、サバッとしてて愛嬌なくてとても良かった……私のお姉ちゃんになってほしい……。

ペット


『ペット』日本語吹替え版予告

白くて丸くてふわふわしたやつらキャンワイイ~~♡♡ウサギとギジェットのことです。

ウサギ、名前あったのかな、覚えてないけど、クレイジー悪ガキなくせに「俺のこと忘れないでくれよな!」みたいなことを言う時のアレがプレイボーイで萌えた。ウサギがスノーボールって称される場面があって良い例えだな~と思ったのだけど、英語圏じゃ一般的な例えらしくて納得←パンフレットによるとウサギの名前がスノーボールとのこと。

ギジェットはおてんば夢見がちガール!おしりぷりぷりさせながら短い手足でてちてち歩いたり走ったりするのが常に可愛い。画面に出てくるたびににやにやしちゃった。性格も情熱的で、否応なしに応援したくなるヒロイン役だった。

主人公マックスと相棒役のデュークの日本語吹替役がそれぞれバナナマンの設楽と日村で、キャラのビジュアル的にもぴったりだし、もちろんコンビだから掛け合いの息もぴったりだし適役!彼らのために吹替版で観たといっても過言ではない、と言いつつも字幕版がそもそも上映されてるのか知らないが。いつも字幕版ばかり観てるけど、吹替版アニメーション映画は約2時間を頭バカにしてボーっと観れるのでたまには良い……。

マックスの飼い主であるケイティの最後のセリフ、「いろいろごたごたはあるだろうけど、~」でグッと来た。舞城王太郎の『みんな元気。』の「これからいろいろあるだろうし、あるけれど、愛されて起こるいろいろだから、きっと大丈夫。 」を思い出す。

マックスとデュークのウィンナー工場での場面、完全にラリってて、くまのプーさんがはちみつでラリってるシーン思い出して神妙な面持ちになる。ウィンナーの頭が食べられて首なしウィンナー(なんだよ首なしウィンナーって)になってるのが印象的だった。ラリってるの、なんらかのオマージュなのかな……冒頭のパブの「白いツナ?粒がさ~」もそれっぽいし←パンフレット情報。今作のパンフレット、読み応えありそう。

鷹が愉快な仲間たちに紹介される時の、モルモット?ねずみ?の、鷹に対する「僕こいつ好きだよ、ちょっとクレイジーだけど」ってセリフ、確かにそういうふうに人間を好きになれることあるよねぇと感慨深かった。いろんなペットが出てきたけどやっぱりハードロック好きの白いプードルが一番いかれてたな、あの子、予告ですら存在感抜群だもんね。

動物たちと飼い主はどこか似てる感じで描写されてて、ケイティとマックスとデュークは瞳の色が同じ茶色だなぁと思ったのだけど真実かどうか定かではない。

余談だけど本国バージョンのデュークの声役がなかなか日村に似てておもしろかった、顎が。

ファインディング・ニモ


映画『ファインディング・ニモ 3D』予告編

これ観てからファインディング・ドリー(続編)を映画館で観よ~って目論見でTSUTAYAで借りてきたのにドリーの方の上映期間がいつのまにか過ぎそうで焦る。まぁDVDでいいか……。

ダイビングを嗜んでいる身としてはマスクが海に落ちていく場面でア~となって辛かった。マスク、決して安いといえるお値段ではないので。クマノミ(魚)、沖縄の海でたくさん見てきたばかりで、映画の通りに確かに好奇心旺盛だったのを思い出しながらウフフ可愛いやつめとほのぼのしながら鑑賞した。小さいのに果敢にダイバーと向き合ってくるんだよねウフフ可愛いやつめイソギンチャクにひっこんでいいのよ私は敵ではありませんわ……って感じです。

海の中の生物たち、個性豊かといえばそうだけど悪くいえば精神・身体に障害があるというふうで、自他共に認めるメンヘラゆきよっぴとしてはね、沈痛な気分が避けられない。特にドリーがやばいよね、マリーン?マリーンだっけ、ニモのお父さん、にもきっぱり「君、変だよ」って言われててギャーやめてあげてとなった。変だよと言われればもうへこむしかないじゃないですか私だってマジョリティでいたかったよちくしょう。

カメたち、思ったよりファンキーに描かれてて面白かった。良い奴ポジション。もっと鈍重かと。ディズニーランドでカメのアトラクションあるんでしょ、なんかしゃべるやつ、この映画観たから今度からそれを楽しめるようになってにわかに嬉しい。

「孫はいつ?」って聞かれるの嫌じゃない?

明日の義両親との夕食で上手にふるまえるか不安で泣いている。どうして会いたくない人と会わなければいけないんだろう?どうして仲良くする価値を感じない相手と仲良くしなければいけないんだろう?義母と話していて心の底から楽しいと思えたことが一度もない。義母と義娘という立場だから、仲良くあらなければ、不愉快にさせないようにしなくてはと常に、毎回、気を張ってしまう。そんなふうに緊張する時点で私と彼女が真の意味で親しくなれる可能性はゼロだと思う。真の意味で親しくなれる可能性がゼロであると思う相手と、私は、どうして会わなければいけないんだろう?そうやって最初から相手との親しい関係を諦めてしまう私となんて彼女だって会うべきではないと思うのにどうして定期的に会合が開かれてしまうんだ?家族だからって無理をして親しくなろうと努力をしてしまっているのなら今すぐやめるべきだ。明日の夕食で私も含めて幸福になる人数が最大になるためにはどうすればいいのかと考えたら誰に何を言われても私はへらへら受け流すことが最適解で、でも、そんな、へらへら受け流すの、私は疲れるしやりたくないんだよ。じぐそうくんは「いつも上手くやってるじゃん、いつも通りでいいんだよ」って言うけどそのいつもだっていつも辛い辛い辛いと内心では血反吐吐いてやってることなんだから本当は何も求めないでほしい。孫。孫の話。それが一番怖い。なんで義母は私たちに孫はいつの予定だと聞いてくるんだろう。「孫はいつの予定?」=「中出しはしてるの?」。いやいやいやなぜそんなセックス事情を堂々と息子と義娘(つまり他人)に聞いてこれるんだ???「中出ししてないので今のところ妊娠の予定はないですねピルも飲んでるし現状は限りなくゼロに近いです」って答えればいいのか?でも実際にそう答えたらハ何この女?、って場が凍りつく気がする。なぜだ。セックス事情を尋ねてきた側は向こうのはずなのに。マジで皆どう乗り切ってるの?どう納得してるの?全然知らない他人に公共の場でセックス事情を尋ねても何の批判もされない権利みたいなものが親というものには許されているのか法律で?全然知らない他人に公共の場でセックス事情を尋ねられてもへらへら笑う義務が法律で決められているわけでもないのに、どうしてみんなへらへら笑っていられるんだ。私が無知なだけでそういう法律があるのか?辱めにも程がある。うううでも実際に反骨精神を発揮して「中出ししてないので以下略」みたいなことを言えばじぐそうくんに迷惑がかかる。嫁として求められているのは、その、へらへら笑って受け流す能力なのだ。私のせいで誰かを不幸にしたくないからその危険性がある人間関係はバッスバッスと切っていきたいのにどうして家族ってやつに対してはその生存戦略が許されてないんだ?私以外は「当然でしょ」って姿勢の人間関係は居心地が悪すぎる。いつでもあらゆる人間関係に対して真摯に向き合いたいのに、家族ってやつに関してはなにか大きな強制力があって通用しない。どうして家族だからってお盆とか正月とかに定期的に会うことが当然の風潮があるんだ。日本人としての文化、は、私の人生には関係がない。日本人である以前に私は私として生まれてきたはずだ。日本人っぽく生きる権利はあるけど義務はなくて、その文化に理由を問うことはなんら不思議なことではないでしょう?どうしてみんな問わないんだ?ぼんやり生きていすぎでは?ううでもこんなふうにdisをするのは良くない。理解したい。おそらく私がマイノリティなはず。マジョリティの皆さんにできるだけ迎合して生きていった方が絶対に楽。マジョリティであれば今日だってこんなふうに悩まなくてよかった。